由緒
七百年の法灯
玉泉山 安国院 ── 正和4年(1315)開基、千葉県市川市の日蓮宗身延派寺院。
千葉県市川市にて700年以上の歴史を誇る日蓮宗身延派の寺院。正和4年(1315年)に松本坊日念上人によって開基され、当初は「玉泉山長遠寺」と称し、真間山弘法寺の院家(本寺の寺務を補佐する寺格)として重要な役割を果たしました。
明治時代に入り一時は衰退しましたが、明治41年(1908年)に第40世 玄静院日勇上人が住職に就任し寺院の再興に尽力。大正8年(1919年)には東京都墨田区から、戦国武将「加藤清正」を祀る清正公堂を遷座し、寺院の姿が大きく変化しました。寺門の隆盛を取り戻し、43人の上人による法灯の継承が続いています。
本堂と庭園
沿革
- 令和7年(2025)第100回 毛髪供養
- 令和5年(2023)かつての幼稚園の跡地に「橘Gallery」を開設
- 平成26年(2014)中山雅紀が第43世住職に就任
- 大正10年(1921)日本橋の理容業者により毛髪供養がはじまる
- 大正8年(1919)東京・墨田区から、戦国武将 加藤清正を祀る清正公堂を遷座。寺院の姿が大きく変わる
- 明治41年(1908)第40世 玄静院日勇上人が住職に就任し、寺院の再興に尽力
- 明治時代一時衰退する
- 正和4年(1315)松本坊日念上人により開基。当初は「玉泉山長遠寺」と称し、真間山弘法寺の院家(本寺の寺務を補佐する寺格)として重きをなす
近代の歴代住職
- 40世玄静院日勇上人明治41年(1908)就任。寺院を再興
- 41世中山 利静(なかやま りじょう)権大僧正。昭和23年より市川市議会議員、市川市体育協会の初代理事長として30年にわたり活動。毛髪供養碑の縁由を記す(昭和51年)。
- 42世中山 寛孝(なかやま かんこう)現住職の父
- 43世中山 雅紀(なかやま まさき)平成26年(2014)就任(日蓮宗 准講師)。CG 研究者・アーティスト。合同会社 LUXOPHIA CEO。
日蓮宗 管長より「千葉県安国院住職 准講師」として認証 平成26年9月19日
橘紋をあしらった正門
本堂 内陣
住職のフラクタル作品「漸花式」の屏風 撮影:大場祐太郎